2005年01月15日

いざ、福島県郡山市へ!

埼玉県の大宮で一泊して、朝6時過ぎの宇都宮線普通電車でいざ東北方面へ。外は前日から続く雨模様。途中、宇都宮と黒磯で乗り換え。福島県に入り、白河あたりに来ると雨から雪になっていて、一面真っ白。午前10時ちょうどに郡山駅に到着し、ちょっと買い物のあとにバス乗って、向かった先はトクちゃんらーめん。


トクちゃんらーめん@福島県郡山市
店主の小島さんとは過去2度の望麺会でお会いしているのと、昨年春まで長田にあったラーメン店・如意棒にも関わってらしたし、今度、明石ラーメン波止場では、このトクちゃんラーメンが期間限定で出店するので、そのうちに一度はお店に伺おうかと思ってはいたけど、さすがに福島県は東京行くより遠いし、なかなか・・・。でも、今、発売中の「danchu」で郡山のラーメン店が紹介されていて、これを見ていたら急に行きたくなってしまった。ちょうど金曜日に休みが取れ、3連休となったことから、思い立ったが何とやらで、今回の福島・郡山行きを決行することとなったわけなのだ。
バスを降りて、少し歩くと11時ちょうどにお店に到着しました。まだ店は開店しておらず、お客さんはゼロ。この日の天候がは雪ということもあって、ちょっとお客さんの出足が鈍っているようだとのこと。
基本メニューの「トクちゃんラーメン(600円)」をいただく。さらに蒸し餃子も。
麺は自家製の手打ち麺。鶏のダシと魚のしょう油ダレの見事なコラボ。餃子もウマウマです。









福島県猪苗代へ

小島さんの案内で、郡山の西にある猪苗代へ行ってきました。
猪苗代は初めてです。猪苗代といえば猪苗代湖、そして千円札の肖像で注目の「野口英世」生誕の地として有名です。野口英世というと小学生の時に「日本の偉人」というタイトルの本で読んだ知識しかありませんが、一度は来てみたいと思っていた場所だったのでラッキーでした!

野口英世記念館にある野口英世の胸像と生家。
時間の都合で中には入らなかったけど、また再訪してみたいな。

有名な会津磐梯山。あいにくの天候でその雄姿が見られず残念…。


猪苗代湖畔には白鳥と鴨がたくさん〜。
エサやりが楽しめます。これがまた楽しい。

ラーメン幸司@福島県郡山市
そして次に小島さんの案内で行ったのが郡山市内にある「ラーメン幸司」。店主の本名さんは小島さんとともに昨年2度の望麺会にもいらしてましたね。それと、偶然ってわけでありませんが、白河の名店・とら食堂の店主の娘さんがいらしてました!
ラーメン幸司では最近登場したという「蔵だし熟成味噌らーめん(700円)」をいただく。飛騨高山産など4種類の味噌をブレンドしたという口当たりまろやかな味噌ラーメンの逸品。週刊現代ザ・ベスト2000軒にも選ばれたという「みそねぎラーメン」というのもあり。気になるメニューはまた再訪した時に食べるぞーっと。


正月屋@福島県郡山市
トクちゃんの店員さんに送ってもらい、食べに行きました。ありがとうございます。店に入ると客は誰もおらずちょいと拍子抜け。カウンターに座って支那そばを注文。麺量は140グラムで、大盛り(210グラム)でも値段は同じということ。でも連食していたので並盛り140グラムで。
ついでにチャーシューもバラかロースかを選ぶことができる。スープは伊達地鶏とホタテ貝柱など厳選素材で取ったもので、あっさりした中にも芳醇な香りが漂う。麺もこだわりがあるみたいだったけど、個人的にはそれほどでも・・・というような縮れ麺。


今回の旅では、トクちゃんラーメンの小島さんご夫妻とお店のスタッフのみなさん、ラーメン幸司の本名さんご夫妻、そして私の突然の郡山行きを小島さんに取り次いで下さったPAPUAさんなど、いろいろお世話になりました。ありがとうございます(^^)

本日の行程・全区間普通電車で青春18切符使用
【行き】
大宮(6:12)→宇都宮(7:28/7:37)→黒磯(8:27/8:44)→郡山(10:00)
【帰り】
郡山(16:23)→黒磯(17:23/17:29)→宇都宮(18:20/18:40)→大宮(19:45)

移動距離的には大阪から岡山県の倉敷まで行ったような感じですかね。
黒磯〜郡山間は運転本数も少なく、電車はロングシート車だったので、座っていけたとはいえ、ちょっとしんどい。運転本数的には山陽線の岡山〜姫路間みたいな感じですか…。
そして、この日は、またまた大宮へ…。
posted by かもねぎ at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅・まち歩き-東北

2005年01月17日

阪神大震災から10年です。

17日は阪神大震災10周年ですが、職場でもあの日はどうしていたという話でもちきり。

10年前の1月15日、名古屋で先輩の結婚式・披露宴があり、私はそのあとの2次会に出席。16日の朝まで飲んで騒いで、そして名古屋空港まで新郎新婦を見送って、そのあとは友人たちと名古屋市内にて食事。私は午後8時過ぎの東海道線普通電車に乗って0時前に帰宅。駅前のTSUTAYAでビデオを借りてたけど、疲れていたためビデオ見ずにすぐ就寝。

で、かの時間・・・・。

ベッドの中でゴーっと言う音とともに部屋が揺れているのは感じていたけど睡魔に負けてずっと寝てました。足下に本棚が倒れてきているのも感じてました。しかし夢か何かだと思って起きようとは思わなかった私・・・。

地震発生から10分くらい過ぎたでしょーか、何時かな?と目をさましてビデオデッキのタイマーを見てみるとついていない。部屋は真っ暗。はて・・・、この状況は何なん?・・・と、外を見てみると、外も真っ暗で、懐中電灯を照らしてパジャマ姿のまま外を歩いている人が何人かいる。話声を聞いていると「すごい地震やったなぁー」と言うてたので、あ、やっぱりこれは地震だったのかと。

停電していたのでテレビは見られず、ラジオつけると京都で震度5、洲本で震度6とか言うてる。震源地がどこかはこの時点ではラジオでも言うていない。神戸では阪神高速が倒壊したとの情報が・・・と、ラジオでそういうことを言うた時は「ウッソー」と思った。

夜が明けて、3軒先のお宅の主人が電動シャッターのガレージを一生懸命壊していました。停電していたから車が出せないのでありまし(^_^;)
やっと壊して車を出したそのご主人、複雑な面もちで車を出して出勤して行きました。というのも、壊していよいよ車を出すぞと言う段階で、電気きたんでした(^_^;)。

さてさて私のほうも出勤しないと・・・・と思っていたらラジオの情報ではJRも阪急も阪神もすべて止まっていると。オイオイ。どうしようかと思って職場に電話したら話し中・・・というか通話できない状況に。5回くらい繰り返しても繋がるがダレも出勤していないようで電話の応答無し。

自転車で付近を出てみると、うちの200メートル東の古いお宅が倒壊していて、警察官が現場検証に。お婆さんが下敷きになって亡くなったとか。

うちの近所は倒壊した家が数軒しか無く、亡くなった人も地区内ではこのお婆さんだけでした。でも、たった1キロ西へ行ったら、風景違っていたのには驚きました。

家に戻ってテレビを見たら、あらあら、高速道路からバス落ちかけのあの光景。あれがウチからたった3キロ先で起こっているとは信じられなかった。

と、まあ震災の朝は、こんな感じでしたね。
この日の昼過ぎに自転車で大阪の会社にいくと、すでに会社にはバイクで来たという同僚たちがいました。部屋の中は地震で机の上や棚に置いてあったものが落ちまくってる。大阪は震度4ってことだったけど、震度4程度でこんなに物は落ちてこないだろう・・・。
出社しても仕事になんないので、夕方にはまた家に戻る。

そして夜には神戸に住んでる知人の消息を訪ねるため、西宮の家から長田まで25キロほどの距離を普段なら自転車で1時間半で行くものが倍の3時間かかってしまった。
とにかく、あの時に見た光景はほんと、凄かったの一言。

それと、震災当日の長田で私は現金2万円と免許証、クレジットカード&キャッシュカードにテレカなどが入った財布を落としてしまいました。とほほ。

2005年01月21日

NHK朝ドラ『わかば』の下宿

NHK朝ドラ『わかば』の下宿


今、放送中のNHKの連続テレビ小説・わかばを見てる人ってどのくらいいるでしょう?
とりあえず地元が舞台ってことで私は毎日見て、土曜日のBSでのまとめ再放送を録画してあるんですが、ヒロインが下宿している洋館(藤倉家)はドラマの中では神戸の北野町ということになってるけど、実はこれが私の通勤経路に近い住宅街にある松山大学温山記念会館という建物。
ドラマで使われるまで全然気にしたことがなかったけど、なんで西宮市にあって松山大学なんかなぁと…。いろいろ調べてみたら、この邸宅は昭和3年の建築で、もともと新田長次郎という実業家が長男のために建てた住宅だそうで。
この新田氏というのは松山高等商業学校(現在の松山大学)を創立した一人らしく、その関係でこの建物が松山大学に寄付されたとか。地元に住んでいながら全然知らなかった。
愛媛県では有名な人物なんでしょーか?
posted by かもねぎ at 00:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分流−テレビ番組・映画

捻挫してわかるバリアフリー化の必要性

実は東京行ってた16日、渋谷の街を歩いてて、雨で濡れた階段から滑ってしまい、そのはずみで足首捻挫してしまった。
捻挫した瞬間、その痛さにその場に座り込んでしまったけど、なんとか歩ける程度の軽い捻挫だから良かった。ドラッグストアで湿布薬を買って患部に貼り付けて処置。しかし歩ける速度は平常時2分の1、階段に至っては3分の1以下の速度。特に困ったのが階段での下りなのだ。1段ずつ左足に力を踏みこんで、捻挫した右足をかばうようにして階段を下りていくワケで、これがなかなかツライ。足が痛かった場合は、上りよりもむしろ階段を下りる時が大変なんだということをあらためて実感。

足を痛めて上り下りにはエレベーターを使うようにしていたけど、設置している駅はまだまだ少ない。上りエスカレーターを設置していても下りは無いという駅が大半だと気づいた。
そして私が通勤で利用しているJR甲子園口駅は、エレベーターもエスカレーターも無い駅なのでした(T_T)
私は捻挫してから3日ほど、ゆっくりゆっくり階段を上り下りしながらの通勤を続けていたけど、木曜日になって完治。なんとか今は普通に歩けるようになりました(^^)。健康第一。

2005年01月27日

携帯のメモリーが消去された(T-T)

えー本日午後8時前、仕事が終わってから弥七へ行きました。
注文品を待ってる間に携帯をパカッと開けたところ、なぜか電源をつけた時に出るオープニング画面が登場し、次に「初期設定画面」というのが出てきた。

はぁっ????

その画面を無視したら時刻設定しろという画面に。

はぁぁぁぁ????

なんかイヤなヨカンがして、i-modeのブックマークにしたら

「登録されていません」


おいおい!!


電話帳みたら一つも入っていない。

なんやねんーーー!!

そうなのです。メモリーがすっかりと消去されていました。
なんでこうなってしまったのでしょう??

半年間バックアップを取っていませんでした。
過去半年以内に登録した番号がわからなくなってしまった。

せっかく電話帳の登録も100軒超えたところだったのに。
また少しずつ復旧させます。(ToT)

2005年01月28日

えちぜん鉄道に乗る

えちぜん鉄道に乗る

仕事先へ向かうため、えちぜん鉄道に乗ろうとするが、えちぜん鉄道のある東口方向への通路が見つからない。結局北側に地下道はあるのですが、その案内が JR福井駅構内のどこにも書かれていないのです。これってちょっと問題。同行していったんお昼に別れた同僚と改札前で出会ったのですが、この同僚もえちぜん鉄道ホームへの行き方がわからず、だいぶ迷ったとのこと。

このえちぜん鉄道、以前は「京福電鉄」という名称だったが短期間に2度も正面衝突事故を起こしてしまい、すっかりイメージを悪くし、2003年に第三セクター鉄道として再スタートを切ったという、いわくつきの電車だったりする。運賃の値下げや案内や切符の販売をする若い女性アテンダントを乗り込ませたりと悪いイメージを払拭させているようで。
今回、福井から勝山方面へ行くのに利用した電車は、元・阪神電車の車両でした。車内に貼られている製造・改造年の銘板には、西宮市にあった武庫川車両の名が・・・。

松岡駅

20分くらいして、仕事先のある「松岡」に到着。都市圏ではもう見ることがほとんど無くなってしまった木造のこぢんまりとした駅。なんとものどかな空間でした。
帰りの電車は1両のみの単行運転。電車は下校する中高生でいっぱい。福井はマイカー普及率が高く、この中高生もあと数年で車の免許を取って電車には乗らなくなってしまうんだろうけど、お年寄りや学生にとっては重要な足です。がんばってもらいたいものです。

えちぜん鉄道発足のなりゆきは、このページが詳しい
http://www12.ocn.ne.jp/~shiokaze/newpage22.html
posted by かもねぎ at 22:58| Comment(3) | TrackBack(0) | 自分流−鉄道・バス